第2回
 
いただきますということ


前回のキチンということの話を実際生徒にしていた際についでにした話です。

キチンと食べるということ。
残さずキレイに食べるというのが通常の意味だと思います。

付け加えて、いただきますの意味を考えろという話をしました。


その場にいた小学生の生徒にいただきますってどういう意味か知っているか聞いたところ、
『残さずに食べる』としか教えてもらっていないと言ってました。

誰が教えたのか分かりませんが、なんて無責任な教え方だとガッカリしました。

でも、しょうがないかなとも思います。

彼らに教えた大人もそういう風にしか教えてもらっていないんだろうし、
『いただきます』の意味がどれほど大事なものなのか知らないし、
教えた大人たちも考えたこともないんだろうなって思います。

みなさん子供が食べ物を残したら何て言いますか?
『もったいないから残すな』って言いませんか?

私は『失礼だから、申し訳ないから残すな』と言っています。


『いただきます』というのは感謝の言葉だと。
生命をいただきます。
牛や鶏や豚や魚そのものに。
そして牛や豚などを育ててくれた方々に、農作物を作ってくれた農家の方々に、
漁師の方々に感謝の心を込めいただきます。
自分のためにご飯を作ってくれた母親や料理人のかたにいただきますだと。

極寒の夜も明けないうちから海に出て漁をしてくれる漁師さん、
命を落としてしまったかたも数多くいるはずです。

農家のかたも猛暑だ冷夏だ雨が降らない、台風だって毎年毎年大変な苦労があると思います。

スーパーや市場で毎日お仕事をしてくれるかたがた、配送のドライバーさん、お父さん、お母さん、
飲食店で働いている全ての従業員さん。

自分の目の前のお皿に来るまでに一体どれほどの人と命が関わってきたか考えろと。



私がいただきますの意味を考えるようになった原点の話です。

もう10年以上前かもしれませんが、NHKの番組予告のCMで、
その番組内容の衝撃にNHKに賛否の電話などが殺到し、やむなく放映中止となった番組で、
数年前に民放の深夜帯で同じ内容の番組をやっていたのを番組の途中から偶然見たものです。

実際最初から見たわけでもありませんし、
ずいぶん時間も経っているので実際の番組と内容が違っているかもしれませんが、
こういう内容でした。


ドキュメンタリー番組で、多分女子高の家庭科の授業だと思います。

ヒヨコを各班で育てます。
多分名前を付けて飼育日記みたいなのも付けていたと思います。

やがてひよこから鶏になります。

調理実習です。
カレー作ります。

各班飼ってる鶏の首を自分たちで落とし、さばいて食べるという授業です。
みんな泣きながらやってました。

もちろん残酷で生徒の中には心に深い傷が残ってしまうかもしれません。
ですが、私はとても意義のある授業だと思いました。


普段食べ物を残すのが当たり前の子も、全部残さずきれいに食べたそうです。

せめて残さず食べるのが供養でしょうし、
だから一番最初に戻って『残さず食べる』んだと。

その『だから』を説明せずに残すなって、それでは伝わりません。
もったいないだけでは伝わりません。

私はアジやサンマなどは頭から尻尾の先まで全部食べます。

友人は私と食事に行くとお皿を見てたいてい驚きます。

そこで上記の話をし、だから僕は食べ物を残すのはその全てに対して失礼だから、
出来る限り食べるという話をします。
みんな『自分も次からはそうする』といってくれ、うれしくなります。

拙い文章でどこまで皆さんに伝わるかと思いますが、
 もしこれを読んでくださったかたが一人でも共感してくれたら幸いです。

長々と読んでいただきありがとうございました。