強い人間は優しい


先日の少年部の稽古でこんなことを言いました。


何かをするときに自分の為にするのではなく、人の為に何かをしなさい。

自分がああしたいとか、こうしたいとかではなく、人の為に何かが出来る人間になりなさい。
困っている人がいたらそれを助けてあげられる人になりなさいと。

しかしながら困っている人を助けてあげることは簡単なことではありません。
例えば重い荷物を持てなくて困っている人を助けるにはその人よりも力がなくてはいけないし、 難しい問題に頭を悩ませている人を助けてあげるには、その人が分からないことを知っていなければいけなく、そしてその問題を解決するにはそれなりの時間と労力を要しま す。

それだけ大変なことをして、自分に返ってくるものは 『ありがとう』 の一言だけです。
ありがとうすら返って来ないかもしれませんし、言ってもらったってそんなの何の特にもなりません。

普通に損得で考えれば意味のないことですし、余計なことに首を突っ込めば自分の首を絞める結果になりかねません。
そう考えれば時間と労力を使い、
大変な思いをして人のためなんてことをしないほうが賢い考えかたかもしれません。
自分自身のことで精いっぱいなのに、人助けなんかしないほうがいいでしょう。
ものの見方を変えればそれも正しい考え方ですし、否定しません。

しかし強い人間は違います。

強い人間は損得ではなく、人の為に何かをすることが出来ます。

自分が大変だから、自分を守ることに必死で人のことなんてという考えが弱い人間の発想であり、弱い人間が大変だと思うことも強い人間は大変だとは思いません。
弱い人間はすぐに苦しくて根を上げて諦めてしまいますが、強い人間は平気な顔で最後までやりきります。
弱い人間が苦しくて逃げだすことも、強い人間は逃げずに乗り越えることが出来ます。
つまり、人助けが大変という発想が弱い人間の発想であり、それを苦も無く普通のこととして出来るのが強い人間です。

自分に余裕がないのに人の為になんかしていられません。


でもやるんです。
そういう人間になりなさいと。


そこには殴り合いの強さなんて一つも要りません。